東京地方裁判所 平成3年(特わ)1476号 判決 1993年3月12日
本店所在地
東京都渋谷区円山町一〇番八号
株式会社富士エステートアンドプロパティ
(右代表者代表取締役 堀口麗子)
本籍
東京都新宿区北新宿一丁目四〇五番地
住居
同都目黒区青葉台三丁目三番七号
会社役員
堀口麗子
昭和一一年一二月一五日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、弁護人木下良平、河本仁之、鈴木正捷、松田義之各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告会社株式会社富士エステートアンドプロパティを罰金九億円に、被告人堀口麗子を懲役四年にそれぞれ処する。
被告人堀口麗子に対し、未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。
訴訟費用は被告会社及び被告人堀口麗子の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告会社株式会社富士エステートアンドプロパティ(以下、「被告会社」という。)は、東京都渋谷区円山町一〇番八号(昭和六三年四月二二日以前は同都新宿区百人町一丁目一二番二号)に本店を置き、不動産の売買及びその仲介等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被告人堀口麗子(以下、「被告人堀口」という。)は、被告会社の代表取締役あるいは実質的経営者として被告会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人堀口は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、被告会社所有の土地、建物を簿価より低価格で売却したかのように装って、架空の売却損を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六二年四月一日から同六三年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四三億七一六四万八七一四円(別紙一の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が五〇億八二三七万九〇〇〇円であったにもかかわらず、同六三年五月三一日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、その欠損金額が三七〇三万〇五三八円で、これに対する法人税額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成三年押第一〇八四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三二億〇〇三三万一二〇〇円(別紙二の脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
なお、括弧内の甲又は乙及び番号は、検察官請求の証拠等関係カード甲又は乙における証拠番号を指す。
一 被告人堀口麗子の当公判廷における供述
一 第二回公判調書中の被告人堀口麗子の供述部分
一 被告人堀口麗子の検察官に対する供述調書(一五通)
一 証人黒川和紀、同楠本敦司、同浅沼文雄、同松田雅晴、同佐々木秀男の当公判廷における各供述
一 第二ないし第四回各公判調書中の証人大塚雄二の各供述部分
一 第五回公判調書中の証人杉山時矢の供述部分
一 第六、七回各公判調書中の証人栗林久枝の各供述部分
一 杉山時矢(二通。甲二〇、二一)、浅沼文雄(二通。甲二二、二三)、栗林久枝(二通。甲二四、二五)、黒川和紀(二通。甲二六、二八《いずれも不同意部分を除く》)、楠本敦司(三通。甲二九ないし三一)、上野正樹(甲三二)、八尋茂信(甲三三)、佐々木秀男(甲三四)、島津博雄(二通。甲三五、三六)、福田守弘(二通。甲三七《不同意部分を除く》、九四《六ないし一二項》)、森園豊(甲三八)、山口拓治(甲三九)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の売上高調査書(甲一《不同意部分を除く》)、売上原価調査書(甲二《不同意部分を除く》)、支払手数料調査書(甲三《不同意部分を除く》)、諸税登記料調査書(甲四《不同意部分を除く》)、退職金調査書(甲五《不同意部分を除く》)、雑費調査書(甲六《不同意部分を除く》)、貸倒引当金繰入損調査書(甲七《不同意部分を除く》)、有価証券償還益調査書(甲八《不同意部分を除く》)、支払利息調査書(甲九《不同意部分を除く》)、欠損金の当期控除額調査書(甲一〇)、当期申告欠損金調査書(甲一一)、課税土地譲渡利益金額調査書(甲一二《不同意部分を除く》)、報告書(甲一三六《抄本》)
一 検察事務官作成の捜査報告書(三通。甲一三《不同意部分を除く》、四六、九二)
一 登記官作成の登記簿謄本(三八通。甲四〇ないし四二、九九ないし一〇七、一〇九ないし一三一、一三七、乙一六、一七)、全部事項証明書(四通。甲一〇八、一三八ないし一四〇)
一 押収してある被告会社の法人税確定申告書一袋(平成三年押第一〇八四号の1)、売上済と題する書面二枚(同号の2)、第九期合計残高試算表一綴(同号の3)、現在借入残等明細一袋(同号の4)、税理士用箋一冊(同号の5)、メモ一枚(同号の6)、昭和六三年三月度合計残高試算表(5/26と表示のもの)一綴(同号の8)、不動産売買契約書原稿(富士エステートアンドプロパティと富士プロジェクト間のもの)一通(同号の9)、昭和六三年三月度合計残高試算表(5/19元帳修正後と表示があり、売上済と題する書面が添付されたもの)一綴(同号の10)、昭和六三年三月度合計残高試算表(5/27と表示のもの)一綴(同号の11)、不動産売買契約書原稿(富士エステートアンドプロパティとパイディアオーバーシーズ間のもの)一通(同号の12)、不動産売買契約書原稿(富士エステートアンドプロパティとカズコーポレーション間のもの)一通(同号の13)、仕入原価売上原価等記載の書類(5/24と表示のもの)一枚(同号の14)、仕入原価売上原価等記載の書類(5/26と表示のもの)一枚(同号の15)、資産等記載の書類(22物件と表示のあるもの)一綴(同号の16)、メモ(5/24と表示のもの)一枚(同号の17)、不動産売買契約書(富士エステートアンドプロパティとカズコーポレーション間のもの)三通(同号の19、20、30)、不動産売買契約書(富士エステートアンドプロパティとカズコーポレーション間のもの)一通(同号の21)、土地売買契約書(富士エステートアンドプロパティとパイデアオーバーシーズ間のもの)一通(同号の22)、不動産売買契約書(富士エステートアンドプロパティとハルク間のもの)二通(同号の23、27)、土地売買契約書(富士エステートアンドプロパティとハルク間のもの)二通(同号の24、25)、土地売買契約書(富士エステートアンドプロパティと富士プロジェクト間のもの)一通(同号の26)、不動産売買契約書(富士エステートアンドプロパティと富士プロジェクト間のもの)二通(同号の28、29)、新聞記事写(昭和六二年五月一八日付日本経済新聞)一枚(同号の31)、リスト表(但し鉛筆書きで記載のあるもの)二枚(同号の32)、総勘定元帳(六三・三期)一綴(同号の33)、振替伝票三月分(六三・三期)一綴(同号の34)
(弁護人の主張に対する判断)
第一弁護人の主張
検察官は、被告会社所有の別紙三の物件一覧表記載の各物件(以下、「本件物件」ないし「本件各物件」という。)の譲渡は、簿価より低価額でなされ、脱税のため架空の売却損を計上する目的で行われた仮装譲渡であると主張するが、それに対し、被告会社及び被告人堀口の弁護人らは、(一)本件物件は真実売買されたものである、(二)本件物件が簿価より低価額で売買されているとしても、被告人堀口は、それが適法で節税行為として許されるものと信じてなしたのであり、脱税のための行為であると認識するについての期待可能性もなく、被告人堀口には脱税の故意がなかったものである、と主張する。
第二裁判所の判断
一 前掲関係各証拠によれば、以下の事実関係が認められる。
1 被告人堀口は、被告会社の昭和六二年四月一日から翌六三年三月三一日までの事業年度(以下、「当期」という。)における土地譲渡益等の利益が、期の早い段階から約五〇億円と見込まれたことから、被告会社の顧問税理士である浅沼文雄(以下、「浅沼」という。)に、税金を安くする方法について何度か尋ねたりしていたが、浅沼からははかばかしい返事を得られないでいたところ、昭和六二年八、九月ころ、不動産を簿価より安い値段で売買した事例を見聞し、被告会社においてもその所有する不動産を簿価以下で譲渡することにより多額の納税を免れる方法はないかと考えるに至った。
2 被告人堀口は、被告会社自身が多額の出資をしているファイナンス会社日本リソース株式会社(以下、「日本リソース」という。)の会長佐々木秀男(以下、「佐々木」という。)との間で、日本リソースから被告会社所有の不動産を担保に融資を受けて他の会社からの債務を弁済し、融資先を一本化する話を持っていたこともあって、佐々木に、簿価割れによる不動産の低額譲渡の方法について相談をしたところ、佐々木から、昭和六二年五月一八日付日本経済新聞の「行き過ぎた節税作戦が裏目に出るケースもあるとして、法人同士の土地の低額譲渡は税法上は無効とされる」旨の記載のある記事を渡された。
3 被告会社の昭和六三年三月期の利益が約五〇億で、納税額も約四〇億円になることが、浅沼の試算で明瞭になると、被告人堀口は、浅沼に対し、多額の税金を納めたくないとして、被告会社所有の不動産二四物件の名称とその原価の金額を記載したメモにより、うち一〇物件についてそれぞれ原価からマイナスの数字を記した分だけ安い金額で譲渡して譲渡損を出し、約五〇億円の利益を消すことを持ち掛けた。しかし、浅沼は、税金を納めても利益の二割は残るとして、譲渡損を出して利益を消すことに消極的な態度を示した。そこで、被告人堀口は、佐々木に新しい税理士を紹介してくれるよう依頼した。
4 佐々木は、大学の後輩でもあり、個人的な税務申告を頼んだことがあった税理士の大塚雄二(以下、「大塚」という。)に、昭和六三年三月初めころ、前記新聞記事を渡して、不動産の取得原価を割る譲渡による譲渡損の計上、及び右譲渡損と既得の不動産譲渡益とを相殺する形にして利益を消すことの可否について検討を求め、続いて同月一一日、佐々木は、大塚を被告人堀口に引き合わせ、被告人堀口、佐々木、大塚に日本リソースの次長島津博雄(以下、「島津」という。)も加わって、四人で会食しながら会合が持たれた。その席上、被告人堀口から大塚に対し、「利益が出ているので、税務会計処理をお願いできますか。」「このままでは税金が大変なので、譲渡損を出す形で、安く株式会社富士プロジェクトに物件を移したい。」「税金は払わないで済むなら払いたくない。」「やってくれますか。」との話があり、佐々木からは、「被告会社の決算を見て欲しい。」「低額譲渡でやるしかない。」との発言があった。被告人堀口らの話から税金逃れの方法を依頼してきていると察知した大塚は、「譲渡損を作っての売却は、決算期との関係で時期的に逼迫し過ぎる状況にある。」旨答えた。
5 被告人堀口は、昭和六三年三月に入って被告会社に約五〇億円の利益が実際に出ていることを確かめると、被告会社の経理事務を担当する栗林久枝(以下、「栗林」という。)に指示して、被告会社所有の不動産の物件名や仕入価格等を記載した一覧表を作成させるとともに、自己が共同設立者の一人であり筆頭株主となっている株式会社マックホームズの営業部長杉山時矢(以下、「杉山」という。)に対し、被告会社に五〇億円の利益が出ているので、株式会社富士プロジェクト(以下、「富士プロジェクト」という。)に損を出して売ることにして五〇億円の利益を消し、税金を納めなくて済むようにしたい旨述べ、右栗林の作成した一覧表を渡して、五〇億円の譲渡損が出るよう値段付けをするよう指示した。杉山は、被告人堀口の指示に従い、五〇億円の譲渡損が出るよう一覧表上の複数の物件に値段を付けた。なお、富士プロジェクトは、被告会社と同時期の昭和五四年五月に不動産の売買、仲介等を目的に被告人堀口によって設立され、同被告人が代表取締役となっていたが、さしたる実質的な営業実績はないまま継続してきた会社である。
6 大塚は、被告人堀口に引き合わせを受けた翌三月一二日、被告会社に赴き、被告人堀口から栗林らに、決算をして貰う税理士であり、経理事務で必要なことは指示を受けるよう紹介を受け、被告会社の決算書及び帳簿等を検討した。
7 被告人堀口は、大塚から、低額譲渡をするのであるならば、富士プロジェクト以外に上場会社やきちんと決算書を作っている会社も譲渡先に加えた方がよいとの助言を受けたことから、譲渡先として適当な会社を探すこととなり、偶々被告会社の社員である楠本敦司(以下、「楠本」という。)が、「パイデアオーバーシーズ」という名の休眠状態にある株式会社(以下、「パイデアオーバーシーズ」という。)を所有していたことから、同人に同会社の決算書を見せてもらった上、「物件を持たせたいので、名義を貸して欲しい。」旨依頼し、その承諾を得た。
8 昭和六三年三月一六日日本リソースにおいて、被告人堀口、佐々木、大塚、島津、杉山、浅沼が出席して、会議が開かれ、被告会社の決算について相談をするということで、その場では、杉山が被告人堀口から先に依頼されて作成し、合計五〇億円の譲渡損が出るように売却価格を決めた低額譲渡の対象となる物件リストが配られ、黒板には富士プロジェクト、パイデアオーバーシーズ及びX社の名が挙げられた上、「物件を富士プロジェクト、パイデアオーバーシーズ及びもう一社に売ったことにし、売却価格は取得原価より低額にして損を出し、今期の五〇億円の利益と相殺して被告会社の決算をする。」「資本金一〇〇万円でも二〇〇万円でもよいから、会社を見つけてきて売ろう。」旨の発言がなされ、売却する物件の選別、売却価格等について話し合いがなされた。そこでは、浅沼はこんなことをしたら脱税になると思い、杉山も大丈夫かなと思った。また、大塚は、売買当事者会社の代表者が共通であったり、持ち株が過半数以上であったりして、同族会社と扱われるようではいけない旨の注意をしたが、自らは被告会社における低額譲渡は脱税行為であると思い、うまく行く保証はないことを強調したが、被告人堀口が税金を納めないで済むにはあくまでも低額譲渡でやるしかないという強い意思であることを知り、佐々木からも被告人はやると言ったらやる性格であると聞かされていたので、脱税の手段になることを承知しつつ低額譲渡の実行に加担することを決意した。
9 被告人堀口は、先にも記したように、被告会社の銀行・ノンバンク等数社からの借入れを一本化して、借入先を一社のみにしたいとの考えを持ち、佐々木に、日本リソースが一本化される融資先となり、既存の融資先に肩代わりして被告会社所有の八物件(本件物件に含まれる。以下、「八物件」という。)を担保に融資することの承諾を得ていたところ、それら物件を譲渡した場合には、それら物件を担保にした日本リソースからの融資を被告会社の代わりに譲渡先の会社に行うことが、あらためて被告会社と日本リソースとの間で了解され、日本リソースからそれら譲渡先会社に融資される金額は、そのまま被告会社に売買代金として渡されることとなった。
10 右一六日の会議後、被告人堀口、佐々木、大塚、島津、杉山らで、何度か会議が持たれ、低額譲渡の対象とする各物件の取得原価の確認や売却価格の相談がなされ、さらには、当期中に移転登記をし、売買契約書も作ること、売買当事者の双方の会社の代表取締役が共通でないことなど、同族会社としての扱いを受けずに税務当局によって認容され易いよう配慮することなどが話し合われた。そこで、富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズの他に、もう一つの譲渡先が探され、ある会社の買い取りを図ったが、買い取った後も代表者だけは元のままにして欲しいなどの条件を付けたため、面倒が及ぶことを嫌われて買収できずに終わり、結局、杉山が以前面倒を見たことのある黒川和紀に頼むこととなり、「どうしても頼まれてもらいたいことがある。全部で三〇億円の四物件を持った形にしておいてくれればよいからともかく頼む。お金の方はすべてこっちで用意するから、ともかく名義だけでも貸してくれ。三か月間くらい持った形にしておいてくれ。」旨依頼して、同人が代表取締役を努める株式会社カズコーポレーション(以下、「カズコーポレーション」という。)を譲渡先として確保し、こうして譲渡先としては、富士プロジェクト、パイデアオーバーシーズ、カズコーポレーションの三社(以下、「三社」という。)が決まった。低額譲渡の対象となる物件の選別及び右三社への振り分け、譲渡価格の決定については、被告会社に融資を行うに当たって日本リソース自身が融資を受ける融資元であるファイナンス会社が先に行った各物件の評価額、物件に設定されている抵当権の被担保債権の残高、貸付可能額等を基に、作業が行われたが、最終的な物件の選定と譲渡価格の決定は、被告会社の当期の決算手続を進めていく過程で決められることとなった。また、八物件については、そこに付けられた被告会社を債務者とする抵当権を抹消するには、被告会社が受け取る譲渡代金のみでは不足であるため、日本リソースから譲渡価格を越えて三社へ融資をし、それを被告会社に還流させて既存融資先からの債務の弁済に当てることが決められ、その後三社と被告会社の間に他の会社を介在させて右超過融資分を還流させる方途が取られたが、こうした三社に超過融資をしそれを被告会社に還流させることは、被告会社側で一方的に決めたことであった。
11 本件物件が三社への低額譲渡の対象とされ、それぞれ被告会社から三社への所有権移転登記手続が行われ、売買契約書が作成されるなどしているが、その各売買内容には、次のような特異な点が見られる。また、被告会社の代表者と譲渡先会社の代表者は同一でない方がよいとの見解に従い、昭和六三年四月一日、被告会社の代表者が同年三月七日に被告人堀口から杉山に変更している旨の登記手続が行われている。
(一) 昭和六三年三月二八日から同月三一日にかけて、本件一五物件のうち一四物件について、それぞれ売買を原因とする被告会社から三社への所有権移転登記の手続が行われているが、そのうち九物件については同年三月二八日から同月三〇日までの売買が原因とされているものの、五物件についてはその売買が昭和六二年九月二〇日と日付を遡らせている。残りの一物件については、昭和六三年九月二一日に、真正な登記名義の回復を原因として所有者を富士プロジェクトとする所有権移転登記をしている。また、別紙物件一覧表<7>の円山町の物件については、昭和六三年三月三一日被告会社から富士プロジェクトへの所有権移転登記がなされたものの、同年九月にいずれも錯誤を原因としてその所有権の抹消や回復が繰り返され、最後に平成元年六月九日に、真正な登記名義の回復を原因として被告会社に所有権移転登記がなされている。
(二) 昭和六三年三月末に本件各物件について所有権移転登記手続が行われるまでに、被告会社と三社との間の売買契約書は作成されておらず、被告会社及び三社の各代表者間で、明確に売買意思の確認・交換が行われたような事跡がない。本件各物件についての所有権移転登記手続の際にも、本件物件すべてについて売買契約書が存在せず、肝心の売買価格も決まっていない物件もあった。そして、本件各物件の売買契約書は右登記手続後作成され、しかも、売買の日付を後記のようにその登記手続前の日付に遡らせている。
(三) 本件各物件の売買価格については、日本リソースから融資を受ける対象となっている八物件に関しては、その融資を受ける関係からも前記所有権移転登記手続前に決まったが、その他の物件に関してはそれまでに決まらず、その後幾度か変転して、最終的には昭和六三年五月後半になって、八物件の売上げを計上した上での被告会社の当期の損益残高を参考にして、仕入原価から二、三〇パーセントを差し引いて決定しており、それは税務申告を前にしての決算手続の中で、被告会社側で一方的に決めたに過ぎないものである。
(四) 本件各物件の売買価格を、その被告会社における各簿価あるいは前記の融資のために行われた各評価額及び日本リソースからの八物件を担保としての各融資額と比較してみると、その状況は別紙物件一覧表のとおりであるが、いずれも売買価格が簿価を下回っており、売買価格が簿価とほぼ同じものは一件で、他の下回っている額は、九億円台が一件、六億円台二件、四億円台二件、三億円台二件、二億円台一件、一億円台四件、数千万円台二件となっており、結局、本件物件の簿価と比較した売却損は合計で四六億四九〇〇万円を越えている。また右の評価額と比べても、本件物件の売買価格は、それを三一億円、一七億円、六億円、五億円、三億円などと大きく下回っているのがある。
(五) 本件各物件についての被告会社と三社間の売買契約書は、前記所有権移転登記手続終了後の昭和六三年四月以降に作成されているのであるが、それら契約書において、契約日を昭和六二年四月一日、同年九月一〇日、二〇日あるいは昭和六三年三月二八日などと遡らせたり(しかも、そのように遡らせながら、先になされた所有権移転登記における原因事実である売買の日付とも異なっているものがある。)、買主の表示で旧商号が使われたり、売主である被告会社の代表者名が、契約書上の日付ではいまだ被告会社の代表者にはなっていなかった者が表示されているなど、作為がなされたりあるいは少なくない誤りがある。
(六) 物件を買い受けたというパイデアオーバーシーズやカズコーポレーションのいずれにも、本件物件の権利証(登記済証)は渡されておらず、それらは被告会社において保管したままになっており、しかも売買がなされたという後においても、売買の対象であるホテル、貸しビル、駐車場、住宅における収入を、昭和六三年一〇月被告会社に対し国税局の査察が行われるまで被告会社で取得しており、また、右両社が本件物件を買い受けるに当たって借り入れたとされいる日本リソースからの借入金に対する利息の支払いや本件物件の固定資産税の支払いは、被告会社において行い、右両社は行っていない。
このように、本件物件の売買については、真実売買意思に基づいた売買取引には通常見られない事情が多々存在する。
12 大塚は、本件各物件の売買価格を最終的に確定し、昭和六三年五月末ころ、被告会社の当期の決算が赤字になることを確認し、被告人堀口にも赤字決算になったことを告げてその了承を得た上、同年五月三一日所轄渋谷税務署に、欠損金が三七〇三万〇五三八円で納付すべき税額は零である旨の被告会社の法人税確定申告書を提出した。
13 八物件については、被告会社から三社への所有権移転登記手続が行われるとともに、日本リソースから三社への融資金をもって売買代金の清算がなされ、前記超過融資分も被告会社に還流された。また、八物件以外の本件物件については、日本リソースからの融資が行われないまま、当期末では未収金として処理され、その後昭和六三年九、一〇月ころに、別紙物件一覧表<6>、<11>の物件を除いて、抵当権が設定されて日本リソースからの融資がなされ、そのころ各売買代金の清算がなされていると推測される。
14 昭和六三年八ないし九月ころ、大塚は栗林に対し、総勘定元帳における本件各物件の売上げの記帳が同年三月末ころに集中していたのを、本件各物件の契約書の契約日付に併せて記帳し直すよう指示し、その旨記載させた。
15 昭和六三年一〇月被告会社に国税局の査察が入り、平成元年三月ころになって、パイデアオーバーシーズにおいて、同社の昭和六三年一二月期の決算及び法人税確定申告をするに当たり、別紙物件一覧表<11>の物件について売買代金の清算が済んでいなかったことから、同社が同物件を被告会社から買い入れその代金は未払いとなっているとする、日付を昭和六三年七月三日に遡らせた書面がわざわざ作られ、また同時に右書面に売買日付等を合わせた新たな被告会社とパイデアオーバーシーズ間の同物件の売買契約書が作成された。
16 平成元年九月に、楠本は、大塚と会って同人に対し、「実刑三年になるだろうが、被告人堀口を刑務所に入れるわけにはいかないので、一億円やるから身代わりに入ってくれないか。」との話しを持ち掛け、大塚に断られている。
17 富士プロジェクトやパイデアオーバーシーズに所有権移転登記がなされた本件物件について、被告人堀口は積極的に他に売却することを図り、そのころ被告会社の登記簿上の代表取締役となっていた森園豊を督励して売却に当たらせ、その結果、平成二年一二月から翌三年三月にかけて本件物件のうち四物件の売却がなされたが、それら物件の売買価格は、被告会社から右両社への売却価格よりもいずれもも二億二〇〇〇万円から三億五〇〇〇万円ほど高くなっており、しかもこれら売買には、右両社の者は何ら関与することがなかった。
二 以上認定できる事実関係から判断すると、被告会社から三社への本件物件の売買は、形式及び実態のいずれからしても、真実売買の意思に基づいた売買とは認められず、売買を仮装した行為に過ぎなく、それは税を免れる目的で売却損を計上するために行われたものと認められる。そして、被告人堀口は、大塚の言動から本件物件の売買が節税行為として許されるものと信じたようなことはなく、当初からそれが脱税のための不正行為に当たることを承知しながら、脱税の意図をもって、大塚と謀り自らも関与して右の売買仮装行為を行ったものと認められる。
右認定に反する被告人堀口の公判廷での供述は、あいまい、矛盾する点も少なくなく、随所で不自然、不合理な点があり、被告会社と自己の罪責を免れるための言い逃れをしているものと認められ、到底信用できない。また、同じく右認定に反する関係者の公判廷での供述も、被告会社及び被告人堀口を庇うため殊更虚偽あるいはあいまいなことを述べているものと認められ、信用できない。
従って、弁護人らの本件物件の売買は仮装のものではなく真実の売買であるとの主張、及び被告人堀口は適法な行為であると信じ、また脱税であると認識するについて期待可能性がなく、被告人堀口には脱税の故意がなかったとの主張はいずれも理由がない。
第三公訴権濫用の主張について
弁護人らは、税理士の大塚を起訴していないのに、被告会社及び被告人堀口を起訴したのは、憲法一四条、三一条に違反し、起訴便宜主義の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるから、本件公訴は刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却されるべきである旨主張する。
しかしながら、被告会社は本件法人税の納税義務者であり、被告人堀口は被告会社の実質的経営者として、その法人税納税義務を実際に履行すべき義務を負うものであって、いずれも法人税法上の本来の処罰の対象者となっているものであり、それら義務を負うことなくその脱税に関与したとき共犯者としてのみ処罰されることがある大塚とは、基本的に立場を異にしており、また、本件脱税の動機、経過、態様、結果等からしても、被告人堀口が本件脱税の実行についての決定など主動的な役割を果たしたことは明らかであり、被告人堀口及び被告会社と大塚との責任の程度は違っており、なるほど大塚が税理士でありながら、不正行為としての売買仮装行為等に必要な書類作りや虚偽の確定申告書作りなど本件脱税に加担した点は非難されるべきであるが、本件起訴が憲法一四条、三一条に違反したり、起訴裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとはいまだいえない。
よって、弁護人らの前記主張には理由がない。
(法令の適用)
被告会社の判示行為は法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用し、その所定の金額の範囲内で被告会社を罰金九億円に処し、被告人堀口の判示行為は同方一五九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、刑法二一条を適用して被告人堀口について未決勾留日数中一八〇日をその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告会社及び被告人堀口の連帯負担とする。
(量刑の理由)
脱税額が、単年度でありながら三二億円という脱税事犯の中でも類稀な巨額なものであり、すでにこの点において本件は非常に悪質な脱税事犯である。しかも、脱税の動機は、まったく被告人堀口の利己的な考えによるので強く非難されるべきものであり、その脱税の方法も、五〇億円ほどの土地売買利益を一挙に隠すため、故意に損失を出すような仮装の売買を行うというもので、そのためにあれこれ工作し、動いた関係者も少なくなく、非常に悪質である。そうした方法により、赤字決算で申告して納めるべき法人税を一〇〇パーセントほ脱し、本件摘発後も全く自主的に納税する態度は示さず、国税局の滞納処分によりごくわずかが徴収されたにとどまって、三〇億円を越える金額が国家の損害として現に存在するのである。そして、被告人堀口は、本件脱税の敢行について主導的な役割を果たしたものであり、それにもかかわらず、自らの責任を逃れるような言辞を弄するなど、反省の態度は全くみられない。
してみれば、犯情は極めて悪く、被告人堀口及び被告会社の刑事責任は重大である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 被告会社・罰金一〇億円、被告人堀口・懲役四年)
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 伊藤正髙 裁判官 渡邊英敬)
別紙一 修正損益計算書
<省略>
別紙二
脱税額計算書
<省略>
別紙三
物件一覧表
<省略>